活字書体設計3

[活字書体をつかう]活字書体が実際にどのように使われていくかを見守ります。

0-3 漢字・欧字書体の伝来と和字書体

漢字書体は中国から伝来した

江戸時代にわが国に明朝体による刊本がもたらされ、南京国子監本『南斉書』の覆刻した和刻本『南斉書』、楞厳寺版『嘉興蔵』を覆刻した鉄眼版『一切経』などのように、覆刻によって定着していった。

 漢字は中国から輸入したものであり、漢字書体も多くは中国から導入されたものである。中国の刊本字様は明朝体だけではなく、宋朝体・元朝体・清朝体もまた、それぞれの時代に中国から伝来している。

 近代明朝体も、上海・美華書館の活字が長崎の崎陽新塾活字製造所にもたらされたものである。これは東京築地活版製造所などに引き継がれた。わが国の明朝体活字は、すべてが東京築地活版製造所のものを源としていると思われる。

 近代の宋朝体活字も、上海・中華書局の聚珍倣宋版は、わが国では名古屋・津田三省堂などが導入して「宋朝体」とよんだ。おなじく津田三省堂で輸入した正楷書体は、もともと上海・漢文正楷印書局で制作された書体である。

 

欧字書体は欧米から輸入した

欧字書体は欧米から輸入された。ふるくは安土桃山時代の「キリシタン版」、江戸時代後期の「出島版」などにもちいられた欧字書体がある。前述の『BOOK OF SPECIMENS』にも、すでに数多くの欧字書体が掲載されている。

 1890年ごろから1920年ごろの間には、アメリカ活字会社(ATF)の制作による活字を中心にして、今日みられるような多くの欧字書体の活字が輸入されている。

 

和字書体は日本で作られた

日本語書体は漢字書体が中心で、和字書体・欧字書体は従属されていると考えている人が多い。これは書体の名称にもあらわれており、漢字書体である明朝体宋朝体などとよばれていた。「明朝体の和字」「宋朝体の和字」とよばれることには違和感をおぼえる。

 漢字は英訳すればあきらかなように「Chinese characters」すなわち中国文字なのである。和字はもともと漢字からつくられたのであるが、けっして漢字に従属するものではない「Japanese characters」すなわち和字ということばを使う所以である。

 現代の日本語では、漢字と和字というまったく性格の異なる文字体系を混在させて文章を組みあげている。中国で設計された漢字書体にたいし、和字書体は日本で歴史をきざんできたのである。

 明朝体と併用されている和字書体は「明朝体の和字」ではなく、独立した書体であり、明朝体と混植されているのである。