活字書体設計3

[活字書体をつかう]活字書体が実際にどのように使われていくかを見守ります。

0-2 漢字書体を変えればイメージが変わる

漢字書体を変えればイメージが変わる

 わが国の近代活字揺籃期の活字見本帖である『BOOK OF SPECIMENS』(平野活版製造所、1877年)には、漢字書体・和字書体・欧字書体がそれぞれ明確にわけられて掲載されている。

 ひとつの和字書体を複数の漢字書体と組み合わせることが可能だということにもなる。明朝体と併用されている和字書体は、ただ組み合わせているにすぎない。ひとつの和字書体を複数の漢字書体と組み合わせることが可能なのである。明治時代の印刷物をみても、明朝体と組み合わされることもあれば、また清朝体と組み合わされることもあったのだ。

『活版見本』(東京築地活版製造所、1903年)では、「四号明朝仮名交じり文」と「四号楷書仮名交じり文」の和字書体が同一のものである。

『富多無可思』(青山進行堂活版製造所、1909年)では「自叙」は四号楷書体活字、「跋」は四号明朝体活字で組まれているが、和字書体は共通のものである。

このように日本語の文章においては、和字書体は同じでも漢字書体がかわるとイメージがかわるので、ひとつの和字書体を複数の漢字書体と組み合わせているのである。

 従来は、中国で設計された漢字書体に調和するように、日本で和字書体を合わせてきたといわれてきた。もしそうだとすれば、明朝体と組み合わせている和字書体は、現状のような形象にはなっていないという気がしている。中国で設計された漢字書体にたいし、和字書体は日本で歴史をきざんできた。和字はもともと漢字からつくられたが、平安時代から千二百年以上にわたって日本で使われてきた。けっして漢字に従属するものではない。

 

和字書体を変えればイメージが変わる

これとは逆に、明朝体というひとつの漢字書体に対して複数の和字書体が制作されている例もある。字数の少ない和字書体をかえることにより日本語書体の多様化をはかるというものである。

 圧倒的な文字数の漢字に対して、少数派の和字が実際の使用量では多くなっていることは確かである。一般的な文章においては約七割近くを占めているそうだ。したがって組版のイメージは、使用量によって支配される。

 石井細明朝体では、大きさの変化としての大がな、小がな、スタイルの変化としてのオールドスタイル、ニュー・スタイル、組み方向としての横組み用、縦組み用など、多彩なバリエーションを制作している。

 

欧字書体との混植

 日本語の文字列のなかには欧字が日常的にはいり込んでいる。欧字書体は欧米に数多くの優れた書体が継承されているので、和欧混植ということがおこなわれてきた。同じように和漢混植が通常の方法として定着すれば、日本語の組版もイメージがひろがっていくであろう。

 日本語書体においては和欧混植ということが日常的に行われてきた。ただ漢字書体・和字書体との組み合わせを考えたとき、その構造の違いから多くの問題が生じる。その条件を満たすために、いろいろな工夫が繰り返されてきた。

 金属活字、写真植字では、和文組版においては既成の欧字書体から選んで組み合わせていた。デジタル・タイプでも既成の欧字書体から選ぶことが多い。

 しかしながら、漢字・和字は中心で揃えるのに対し、欧字書体はベースラインで揃える。既成の欧字書体だと、本格的な欧文組ならいいが和欧文混植になると対応できない場合がある。そこで、漢字・和字に合わせた欧字書体を制作することが求められる。